Moment #6


その日はたしか、妙に朝が素晴らしく感じられて、
それはいつもより珈琲が上手く淹れられたからだと僕は分かっていた。
白いマグカップは彼女が選んだもので、珈琲がよく映えるから、
いっそう朝を演出していたように思う。

この世にはいくつも決まりごとがあって、僕が休日に朝食を準備するのもそのひとつだ。
あたためたフライパンにそっと油を回し、卵を二つ割り入れる。
本当は、卵に火が通っていくのを見ていたい気分だったが、
彼女が起きる前には準備を済ませておきたいので我慢することにした。
テーブルに二つコップを置いて、それには牛乳を注ぐ。
冷たすぎるものは嫌だと言うので、いつもそうしておく。
トースターにパンを入れ、バターを一欠片ずつ乗せる。
僕はジャムはいらないから、彼女ように少しだけ小さい皿に出しておいた。

彼女を起こしに寝室へ行く。きっと戻ってくるころには丁度卵とパンが焼けているはずだ。
寝室で眠る彼女は小さく丸まっていて、いつも以上に小さく見える。
彼女の目尻に刻まれた皺を撫でて名前を呼んだ。特別な時間だった。
小さく開いた窓から冷たい風が吹いてきたので、音を立てないように閉めた。
窓越しの空は雲ひとつなく、風が木を小さく揺らしている。
もう一度名前を呼んだ。骨張った小さな手は、季節のせいか随分冷えていた。

それから僕は、パンを二つ( 一つにはジャムを塗って )食べた。
目玉焼きはフライパンの火を消してそのままにしておいて、牛乳は二杯飲んだ。
もうすぐ冬が来そうで、寂しい気持ちになった。

寝室に戻り、彼女の隣で横になる。
少なくはなったが艶のある髪を撫でて、一度だけ口付けた。
けれど、愛してるは言わずにとっておいた。
( 窓 )

Words:やまもと
Photo:6151