自分以外の全てが美しく見えた。

眼に映るモノ、何もかもこの姿のまま閉じ込めてしまえたらいいのに。
そんな事を思いながらシャッターボタンを右手の人差し指で一度軽く押す。
ファインダーの中に見える赤い点滅、その瞬間もう一度人差し指を深く押し込む。
強く、深く。
愛機から響くカションという独特の音と共に手に伝わってきた跳ね上がるミラーの振動。

ファインダーから顔を離し、小さなモニターに映し出される光景。
今目の前に広がる景色。
小さな小さな四角い世界。
なんて小さい。なんてちっぽけ。
黄昏に染まる街を見下ろしただ息を飲むだけの朝、
Deleteを押せば一瞬で消えてしまう記録。
誰にも知られず誰にも届けられなかった記憶。
自分の中だけに広がる景色。
朝は夜のように特別な時間だった。
そして夜もまた朝のように特別な時間が流れていた。
どんな夜を過ごしても、必ず朝日は昇るし
止まれ止まれと願っても時間は過ぎていく。
眠れない夜は昔の歌をよく思い出すし、
同じ台詞を繰り返し独り言のように口にもしてみた。
誰にも聴こえない声で泣いたりもしてみた。

明日になれば、なんて希望。
少しずつ薄れていく感覚、忘れていってしまったこと、覚えていたかったこと、
忘れたくても忘れられなかったこと、
そんなことしなくても、忘れてしまう時がくること。
一生忘れないと決めたこと。
忘れてしまっても、消えてしまうことはないということ。
また必要な時に必ず思い出せるということ。
忘れないで、忘れるということ。

悲しいことは忘れてしまっていいんだよ。
もう逢ったのだから、在ったことはなくならないのだから。

ずっと其処に在る。
ずっと、わたしの中にある。
わたしは、わたしを忘れないから。
わたしがしたことをずっと忘れないから。
誰かの代わりにちゃんと憶えているから。

時間は、優しい。
優しくてとても痛い。
そして痛かったことをいつか懐かしく思う日が来る。
生きてさえいれば。
なんて希望。

―過去からの手紙―