自転車2台、懐かしい家までの道程を並んで走る。
真っ直ぐ前を見ながら進んでいても
視界には色鮮やかな季節が飛び込んでくる。
道々に春が落ちていて見上げる空には浮き出した白い雲。
「あのお花はなんていう名前なの?」
ハンドルを掴む両腕の間に座った小さな口からたどたどしく尋ねる声。
「あれはね、木蓮という花だよ。この時期になると咲く花だよ。
あそこにも、あぁほら、あんな所にも。
沢山咲いているね、大きくて綺麗な花だ。
さっちゃんはあの花が好きかな?
私はねぇ、小さい頃から木蓮がとても好きなんだよ。」
穏やかな声でゆっくりと話す声。
ふぅん、と頭のてっぺんから出したような声を上げると
覚えたての言葉を慎重に使いながらあれは?これは?と
小さな小さな指を差し、次々に尋ねていく。
ふわふわの細い髪が走るスピードに合わせてゆらゆらと揺れる小さな後ろ姿。
見た事も無いような優しい表情で笑いシワを浮かべる横顔。
小さいと思っていた背中はいつしか大きくなり
大きいと思っていた背中はいつしか小さくなる。
それとも私が変わったのかな。
木蓮が好きだなんて知らなかったよ。
それとも、私が小さな時にもそんな話をしてくれていたのかな。
あれから10年。今日も空は高く青く、伸ばした両手ではまだ掴めない。
暖かい春の日にふと思い出した記憶。
そんなある日。